美醜乱漫(1)美

「美しい」という漢字が、羊+大で「大きな羊は美しい」という漢字の成り立ちがあると初めて知った。目から鱗がまず一枚。

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そもそもは、フランス語の授業中に形容詞の説明をしていたときに、フランス語で「美しい」はbeau、「綺麗な」は joli、「可愛い」は mignon って使い分けるけど、どんな意味の違いがあると思うと聞いてみたことに始まる。英語では、beautiful, pretty, cute, lovelyと使い分けるとか、「美しい」は上位、「綺麗」は「美しい」より劣るけれど、相手を傷つけないように上手に褒めるときに使う、「可愛い」は抱っこしたい感じ、などいろいろな感想がでてくる。筆者は、対象へに接近できる距離感に違いがある、などとこれまで説明をしてきたが、ちょっと自信がなくなってきた。

「美しい」はもともとその感じ方に個人差があり、美しいものとそうでないものの境界ははっきりしない。そこで辞書ではどうなっているのかいろいろ当たってみた。

筆者の「座右の辞書」に当たってみる。まずは小学館「国語大辞典」。「上代は主として肉親に対する愛情を表わし、現代の「いとし」「かわいい」などの意味に使われ、(・・・)中古以降はこの他に情意性、状態性、とを兼ね、特に小さいものに寄せる愛(・・・)「愛らしく美しい」の意に多く使われ」とある。今時の女子は何でも「カワイイ」と言うなどと嘆くおじさんは多いが、何のことはない、女子の方がはるかに言葉の本質を見抜いている。

 もう一つの座右の辞書である仏仏辞典のプチ・ロベールPetit Robert lを繙くと、「ラテン語の「綺麗」を表す bellus < joli > に由来する。Ce qui fait éprouver une émotion esthétique「美的情動 ( sentiment d'admiration「賞賛の感情」)を感じさせてくれるもの」、Qui plaît à l'œil。「目を喜ばせてくれる」とあり、日本語の「眼福」という雅な言葉を思い出したが、今ひとつしっくりこない。。

漢和辞典に頼ってみる。漢字の成り立ちは面白い。かつてフランスの小学校で授業参観をさせてもらったときに、日本語の授業をやって下さいと頼まれ、小学校3年生のクラスで漢字の成り立ちについて授業したことがある。小学生の日本語の漢字についての興味の寄せ方が面白くて、白水社の雑誌「ふらんす」(2009年10月号)に寄稿させてもらった。そのとき準備のために参考にした漢和辞典が白川静著「常用字解」(平凡社)である。昨年引っ越しをした際に行方知れずとなりこの度2冊目を購入した。

白川静の解釈は群を抜いている。辞書を引き始めたら、次々と引きたくなりどうにもとまらなくなるほど面白い。冒頭の写真は、「常用字解」のページを写メしたものである。

「羊は羊の上半身を前から見た形であるが、羊の後ろ足まで加えて上から見た形が美である。美の下の大は(・・・)雌羊の腰の形であるから、羊の角から後ろ足までの全体を写した形が美である」何という美しい解釈であろうか。雄の腰では大にならないと喝破した白川静に思わず拍手したくなるほどだ。さて、この説明を美大のクラスで話していると、一番前に座っている女子学生がわずか2,3分で羊の落書きを完成させたのに驚いた。あまりに可愛いので署名してもらい写メさせてもらう。何度見てもにやっとしてしまう傑作だ。大体、羊を後ろから書いたイラストなど見たことがない。

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